父の失踪、見知らぬ一本の電話

 それは一本の電話から始まった。日曜日の早朝6時頃に見たこともない電話番号から私の携帯に着信。昨夜の仕事が遅くて疲れてて、体がまだ睡眠を欲している状況で、出ずに、また眠りに就こうとして携帯を置いた。電話は切れた。

 え!チョットマテ、ハッとして発信番号を確認すると、下3ケタが110の番号。以前に警察に電話をしたことがあるから、下三桁は110番となっていることは以前から知っていた。もしかして警察かもしれないと思い、折り返し電話をして、「いまお電話をいただいたものですが」というと、電話口の声は若い男の声で「〇〇さんですか?」とすぐに確認された。「はい」と返事をすると、「お父様を預かっていますので、至急来てください」と言われ、そのまま父がいるはずの寝室に行くと、父はいない。父の靴も見あたらない。気が動転して、何が起こったのかわからなかった。警察はとにかく身元引受人として来てくださいとのこと。何が起きたのかわからなかった。

 電話を切ってから、すぐに着替えてタクシーを拾って、警察署向かった。警察署の玄関に着くと、一階で身元確認をされて、入館カードを受け取り、3階に少年課へ急いだ。免許証の更新で警察署にきたことはあるけど、このような状況ははじめてだ。正直、父がどういう状況になっているか、事情が分からず不安で仕方がなかった。3階へエレベーターを降りて、長い廊下を急いだ。廊下の白さがやけに、僕の不安を煽っているような気がした。

 「少年課」と書かれた部屋に入った。そこにはドラマにでも出てくるような机が並んでいて、三人の男がいて、その三人のうちの一人の30歳前後の警察官が、私を父の待つ部屋に案内してくれた。案内されたところは取調室で、父はその取調室にて一人ポツンとテレビに出てくるような硬い椅子に座っていた。父に「どうしたの?」と尋ねると、疲れ切った様子の父は、バツのわるそうな顔して、「お母さんが心配で会いに行こうと思った」と私に答えた。案内してくれた若い警察官は、身元を確認するものが見つからず、本人に聞いてもはっきりせず、困っていたといわれた。

 父は、以前から認知症の傾向があったが、いわゆる一般に言われる徘徊行動というものらしい。これまでそんな行動は一度も無かったのに、突然の起こった事件。警察から事情を説明された内容はこうだ。

 父は、夜中の午前2時から3時ごろに、お金を持たずにタクシーを拾って、「とりあえず真っすぐ行って下さい」と運転手に言ったそうだ。父の事情を知らない運転手は、しばらく恵比寿まで運転したそうだが、どうも父の様子が変なので、恵比寿駅前の交番に相談したそうだ。おそらく父は行先を明確に言わず、運転手はヘンだ思って警察に相談したのだろう。運転手は父をそこで降ろして料金を請求せずに去ったということだった。警察署員からは、通常はタクシーの運転手から多額の金額を請求されることもあり、今回はないので良心的ですよて言われた。僕はその経過を聞きながら事実を受け止めるだけで精一杯だった。

 その若い警察官からは、認知症について確認してきて、徘徊する可能性があるならば、身元を確認できるように名前と住所を衣類や靴などに記載してくださいと、声を荒げて私に一方的に言ってきた。私は、これまで徘徊行動をすることはなかったので、そこまでは必要ないと考えていたから、実際に身元を確認するものを記載していなかった。

 今回の事件で多くを経験した。もし、タクシーの運転手が数十万円にのぼる多額の料金をふっかけてきたら、それを払うしかなかったと思う。実際に十万円近く払った人を知っている。ある意味運がよかったのだろう。

 そして、何よりも父が戻ってきたことだ。本当に良かったと思う。知り合いの認知症のお母さんは、一年前に外出してからまだ戻ってないとのこと。普通で考えたら、亡くなっているのではないかと思うのが自然だろう。そんなケースが多数あることは意外と知られていない。本当に父は幸運だったと思う。

 

 30才くらいの若い署員にお礼をして警察署を出た。朝9時ごろの太陽の光は、やけに眩しく感じた。父と一緒に少し歩きながら、お腹は空いていないか、電車で帰るか聞いたが、これ以上歩けないと父が言うので、タクシーをひろって帰宅した。父はかなり疲れていたようだった。玄関に入るやいなや、すぐに部屋に入り、着替えずにベッドへ倒れこむように寝転がっていた。90歳の老人にはかなり大変な夜だったのだろうと痛感した。

 落ち着いてから、妻と顔を見合わせながら取り合えず良かったと話した。それにしても、昨夜父が一人で外に出かけたことは、一切に気が付かなかった。そして、今後も徘徊する可能性があることを考慮して、対策をとらなければならないと実感した。

 

私なりに、父専用の見守り携帯を以前から持たせようと考えて購入していたが、実際に認知症の父が外出時に、忘れずに携帯を持って外に出る可能性が低い。意味が無いことに気づいた。

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そこで、今は以下の対策をとっている。 

徘徊への対策

  1. 玄関にドアに音がなるものをセットし、開いたら音がなるようにしている。
  2. 父の靴に名前と住所を記載している。
  3. 徘徊対策として行政の登録システムを使っている。

 

今回の父の徘徊を通じて、命を失ってしまう可能性があることを改めて認識した。

もし、父が一人で普段に人が入らない場所や地域にまで歩いていったら、見つかる可能性は低い。仮に見つかっても遺体で見つかっている可能性が高いだろう。

また、タクシーの運転手が悪い人で、山の中に連れていって、父をそこで降ろしたら、父は一人そこで倒れている可能性がたかい。

 

徘徊の怖さを改めて身をもって知った。

 

知っているだろうか。介護施設に入所している7割程度は認知症であることを。他人事ではないことを知ってもらいたい。最近は若年性認知症も増えていることもある。医師に聞いても、認知症に効く薬はまだ開発はされていない。かなり認知症への特効薬として開発されてきているが、実際にはまだそれほどの効果をあげていないのが事実だ。

 

そして、父の介護による私たち家族の苦悩はまだまだ続く・・・・。